vol.14
天 国 と 地 獄
フリーインストラクター
伊東 成子
 1年以上腰痛に苦しんでいた私は、ある大学病院の腰痛専門外来に行きました。名前を呼ばれる診療室に入るとそこにはにかにも優秀そうなお医者様の姿・・・「きっと、私の腰もよくなる。」と大きく期待した私の心は、僅かな時間でズタズタに傷つけられました。



 レントゲン写真を眺めながら「どこも悪くないよ。気のせいじゃない?普段の生活に支障ないでしょ。」 「いいえ、辛いからここに来ました。」しばらく沈黙が続き、 「腰痛体操でもしたら?」と何枚かのコピーを渡され愕然としている私の前で、今度は助手の先生へ「何度いっても分からない。お前は本当に馬鹿だ。」と罵声を浴びせ始めました。じっとたえている助手の先生をみていると私の方が、心が痛む程でした。そして、最後に私に向けてとどめの一言。「もういい?それ心の病じゃない?」さすがに私は「分かりました。結構です。」と感情を露に診察室を出ました。そこに、入れ替わりに紳士風の患者さんが入っていきました。「お待たせして申し訳ございません。どうぞ、おかけください。どの様な症状ですか?」その医師の豹変ぶりに私は唖然とし、自分の耳を疑うようでした。病院にいってこんな嫌な思いをすることはあまり無いと思いますが、非常に私自身考えさせられることでした。私の出会った医師は、確かに整形外科にとして優秀なのかもしれません。しかし、あまりにも自分の事しか考えていないという事です。患者さんを診察することも自分の実績をあげる為。専門分野でなければ自分の患者では無い。相手の人格を無視するような言動。

 これでは医師である以前に、いつしか人間として信頼を失うことになると思います。しかし、この医師は最初からこうだったのでしょうか?もしそうだとしたら、今の地位は無かったと思います。いつしか気が付かないうちに、大きな忘れ物をしたのではないでしょうか・・・。
 こう考えてみると100%責める気持ちには成れませんでした。 なぜなら私自身も日々の生活の中で自分の事で精一杯になり、人を傷つけてしまった事もあるからです。

 皆さんは、こんな昔話をご存知ですか?

 ある人が、天国と地獄を見たいと神様にお願いすると、「それでは少しだけ・・・」ということになり、まず地獄の食堂に案内されました。その食卓にはたくさんのご馳走が並べられています。そこへ、骨と皮ばかりに痩せた恐ろしい形相をした人達が入ってきて箸をとると、たちまち箸の長さが伸びてしまい、どうしても食事を自分の口に入れることが出来ません。次に、天国の食堂へ行くと、そこは地獄の食堂と同じで、やはりご馳走が用意されていました。ただ違うのは、初めから箸は長いものが置かれていました。そこに、ニコニコした 人達が入ってきてどのように食事をするのかと思うと、その長い箸で、ご馳走をつまむと、自分の口に運ぶのではなく向かい合っている人に食べさせてあげるのです。また、相手の人も同じように自分にしてくれるのです。それは、とても楽しい食事の風景でした。その人の心ひとつで、おかれている場所がこんなに違うということですね。


 「大きくなったらお医者さんになりたい。」「看護婦さんになりたい。」と夢をふくらません子供に「どうして?」と聞くと「病気で苦しんでいる人を楽にしてあげたいから・・・」と答えがかえってきます。「先生有難うございました。」と言葉をかけられ、元気になった患者さんの姿を見て、自分の事のように嬉しく"もっと頑張ろう"と力が湧いてきたのではないでしょうか。そして、誰からも優秀な医師として認められてきたのだと思います。それが、いつしか技術と知識が高くなるにつれ人の為にという心が、自分の為にという心に変わってしまったのでしょう。

 人の為に・・・それは、とても難しい事かもしれません。しかし、いつもそうありたいと努力することが、自分自身を輝かせていくことだと思います。まずは、自分の身近なところから・・・その積み重ねが、形だけではない本物のホスピタリィを育ててくれるのではないでしょうか。何人もの患者さんに「ああ、この医院を選んでよかった。」と思って頂けるでしょう。そして、それがあなた自身の幸せにつながっていくことかもしれません。

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